昭和40年01月08日 夜の御理解



 [伊勢は津で持つ、津は伊勢で持つ]と。昔の歌の文句なんですけどね。[伊勢は津で持つ 津は伊勢で持つ]と。「氏子あっての神、神あっての氏子」と。「親にかかり子にかかりあいよかけよで立ち行く」と。と言うようなみ教えがあるんですけれども。皆さんが折角信心をされるのでございますから、ここの所の信心が体得出来るところまでは、信心を極めなければ、椛目通いの値打ちはない。どうでも一つ、「伊勢は津で持つといわれる、津は伊勢で持つであり」。
 例えばんなら、麻生さんと言う、麻生さんのおかげで椛目が立つ、椛目のおかげで麻生さんが立つと。「ほんとに麻生さん、あんたのおかげで、椛目が立っとります」と。「いいえ、椛目のおかげで私は立っとります」と。言うようなことになって来ないと、私は、お道の信心の神髄と言うかね、本当の有り難さと言うものに触れられないと、こう思う。それはどういう事かと言うとね。ここの所が分からせて頂くとねえ、いつも自分が楽なんです。いつも自分が楽である。
 ま例えて言うならば、ようしゅうととか、嫁とかとと言うような関係が、あのまあ、こんがらがって家庭問題なんかになるわけなんですね。どうもうちのしゅうと親、まあ言うなら鬼の様な人じゃ、蛇の様な人じゃといった様な場合でもです。また持った子供がその親の言うことを聞かないと、言ったような場合でもですたい。ね。その親が悪ければ悪いだけです、子供が言うことを聞かにゃあ聞かん程ですたい、ね、
 その中心になっておるところの、例えば私なら私がその、親と子のその事に支えられて、私いつぅもおかげを頂いておると言うことです。たとえば難儀に支えられて、私はいつも、その油断することも無し、いつも磨くことに務めさせてもらい、いつも有り難いなあという、それに浸っておる事が出来るということです。だから、そこん所が分からして頂かなければ、本当言うたら椛目通いの値打ちは無いです。ね。
 いわば「あいよかけよ」でしょうが、ね。親が鬼の様な人じゃ、蛇の様な人じゃと、言うことのおかげで、私が、いつも支えられておるという事になって御覧なさい、ね。子供が言うことを聞かんおかげで、私がいつも油断無しに、信心させて頂く事ができて、有り難いもの、こう、を支えられておるという事なんです。これが本当の「あいよかけよ」なんです。ね。ここん所を私は、本当に分からせて頂く為にですね。
 一つ言うなら「麻生さんあんたが居ってくれるけん、椛目が助かる」と言われる所まで、行かなきゃいけんと思う。ね。ここん所に徹しなければ。まだそん時まじゃんなら、その今度は「いいえ椛目が在って私」という程しまでの、おかげを頂いとらんにいたしましてもね、ここを頂きぬかなければ駄目。例えばそれを難儀を難儀と見たんでは駄目。その、難儀が本当に難儀でなくて神愛である、と分からせて頂く所まで、修行させて頂かなければいわば「あいよかけよ」と言う事には成ってこないのです。
 例えば、しゅうと親なら、しゅうと親が鬼の様なひとじゃ、蛇の様な人じゃと、ね、その鬼の様な人じゃ、蛇の様な人じゃがです、それが、いわば菩薩に見え、観音に見えるという事。それが神愛に見えると。それが神愛と分からせて頂ける所まで、信心を進めなければならん。そこに、修行がいるのであり、教えを頂かなければならんのであり、本当の事の、もう一丁、本当が分からなければ、いけないという事になる。本当の事が分からせて頂いたら神愛と分かった。
 分かって氏子がそこんとこが分かった時に、「分かってくれたか」と、神様の助かりがあるわけです。そこから、言わば、私の助かりがある訳な〔んです〕。ね。「あいよかけよ」でと言うのは、そんな事だと、私は思う。ね。今朝、桜井先生、神様から、いろいろ頂いておられる事を、ノートしとられるのを、読ませて頂きながらでも、それを私は感ずるわけです。もう切々として、ある場合は願ってござるですねえ。頼むぞ頼むぞと言うて、願ってござると。
 或る場合にゃ、もう本当に厳しく、もう、その、厳命ですねえ。もう、そこを、お前はこれを間違えたら大変なことに成るぞと、言うような口調でもおっしゃておられるです。かと言うと、もう、それこそ、もう切々としてですね、もう色々の事を教えて、これは、だれにも教えんぞ、お前だけに教えるのぞと、言うようにしてですね、いわば感じで教えておられるのですね。
 そこに言わば、桜井先生と神様との交流が、始まるわけなんですねえ。そして、さっきから話すように、もう本当に、もう痛いも痒いも無い、もうなあーんにもいらんと言うことに、成ってくる訳なん〔です〕。ここに、神様の本当の助かりが、もう始まったわけなんですね。同時にもう、桜井先生自身も、もうなあーんにも要らんと、神様の前にいらんごとなっとる時にです、もう、桜井先生の助かりがあるわけです。
 これから今度、本当の意味合いにおいての、言わば、桜井先生の本当の助かりと言うか、誰が見ても助かりですたいね。いわゆる、言うならば、健康の上にも、金銭の上にも、さまざまな難儀関係の上にもです、お繰り合わせを頂けてくるようになる。それでいてなら、その難儀は無くなってしまうかと言うと、一生が修行とおっしゃる、その修行は、いよいよ高度なものになってくる。けれども、その修行のある、その事のおかげで、私がいつも支えられておる、という事になるわけですね。
 今年は椛目の十五年祭。おかばいが始まって十五年になる。そういう言わば節の年であり、記念の年柄である。もういよいよ私は神様がもし、お言葉をもってなさるならですよ、ね。「麻生さん頼むよ、と。またはそこを間違えたら、お前もう助からんぞ」と言うようにです、厳しく優しく頼むように、いろいろと仰って下さるのではなかろうかと、こう思うんです。ね。それに応えて立たせて頂く年柄だと思うのです。私はね。それに応えて立たせて頂く、そこに私のいわば麻生さんの助かりがあると。
 そこに私は、「麻生さん、あんたのおかげで椛目の立っとるよ」と。「椛目のおかげで現在の私があります」と言うようなおかげに成つてくるとこう思うんですね。「いいえ、椛目のおかげで現在の、麻生がございます」と言うような事になってくる。そこから、いよいよ、私あいよかけよの働きが、いよいよ有難いものに、垢抜けしたものになっていくと、こう思うんです。ね。事を成す時、どうしても必要なのは、迫力です。その迫力に一番富んでおるのは青年です。ね
 。明治維新の大業がなし遂げられたのは、やはり青年の人達で、あの大業が成されたんです。ね。今年は私正月に頂きますことが、『椛目の曙』と言うことを頂きます。いわば椛目の明け方だと。そういう、例えば、その時期にです、お互いが青年で、椛目にご神縁を頂いてから、信心をなさっておられるという事をです、ね。私は有り難いと思う。ね。いくら思うても椛目の方が、言うこを聞かんというような事がない。
 今日、麻生さんなんかは、椛目の青年部の方たちは、一応あそこに、誰でも行かれるわけですけれども。今日はあの耳納山(みのうやま)の中腹にあります、大きな滝場があります。滝場にお滝を頂きに二、三人で行っとられます。ね。そういう元気は若いときでなきゃ出来んです。ね。そういう勢いがです、例えば、記念祭を目指しての、と言うかね。『椛目の曙』と言われる時にです。
 皆さんの信心が、いわば、『暁』、いわゆる、久富正義さんが、元旦に頂かれたように、『暁修業』といったようなね、修行がなされる。その修行が私は、難を神愛と分からせて頂けれる信心だと、私思うのです。修行なしにはですね、頭のうえでは、これは神様の、いわば、神愛の現れだということが分かっておってもです、心で合点することが出来ません。ね。でなかったら何時までも、本当言うたら。「あいよかけよ」という事の味わいは分かりません。[伊勢は津で持つ、津は伊勢で持つ]。
 津は伊勢で持つ、津は伊勢で持つ何ですかね。[伊勢は津で持つ、津は伊勢で持つ]ですかね。と言うようにですね。私は先ず先ずこっちが神様のおかげば頂かなければ。神様から、ガバァーとこうおかげば頂いてから、そしてからまた神様のためにも働こうと、言ったようなことではおかげ頂かれません。それは実際の事、厳密に言うたら神様は、おかげを前渡しに、どれだけ渡してあるか、分かりません。ね。けれども私共は大体が貪欲ですから、まだいつもおかげ頂き足らんごと、思うとる。
 だけの事であってですねえ、ですから、ここんところにきを分からせて頂いてから、今年こそは、神様の前に一切を投げ打ってでも、奉仕する年である。「麻生さんのおかげで、椛目が立った」と、ね。そこに徹しられた時です。私は「いいえ、椛目のおかげで、現在の大麻生が在ります」と言うようなおかげになってくる事を思います。それが、本当の「あいよかけよで、立ち行く」という事ではなかろうかと、こう思うですね。
   どうぞおかげを頂きますように。